小黒恵子童謡記念館

小黒恵子童謡記念館は「この美しい地球は生きる悦びと幸せを、そしてみどりの自然と生物への愛と平和の心を、童謡と通して伝えていきた」という願いを受け継ぎながら、「童謡文化体験の場」「地域の憩い、交流の場」として、2017年(平成29年)4月1日にリニューアルオープンしました。小黒恵子の功績を紹介した展示や100年以上前に製造されたオルゴールの他、広大な庭には樹齢400年を超すケヤキなどの大樹が残っています。貸室・貸ホール・憩いの場の提供も行っています。(リーフレットより掲載)

1)誰でも童謡歌手体験(予約優先、随時)
   毎月決めた童謡2~3曲と小黒恵子作品を、スタッフと一緒に生ピアノ伴奏で歌うことができます。
2)オルゴール視聴体験(開館時 1日 3回)
   11時、14時、16時に、それぞれ異なるオルゴールをお聞きいただけます。
3)展示
   2階には、小黒恵子直筆の詩、交流のあった方々との書簡、昭和初期のレコード等が展示してあります。
   1階には、大型オルゴール3台、蓄音器数台、ベーゼンドルファーインペリアルモデル290のコンサートグランドピアノ
    (日本に2台しかないうちの1台)が展示されています。
4)貸室、貸ホール、憩いの場の提供

5)やさしい童話と童謡(ほぼ毎月開催)
6)ミニ・コンサート(毎月開催)

その他、川崎市地球温暖化防止活動推進センターと連携したイベント等、色々と開催していますので、小黒恵子童謡記念館のホームページをご覧ください。
小黒恵子童謡記念館HPは、こちら

【認定特定非営利活動法人アクト川崎の小黒恵子氏及び童謡の普及啓発についての考え方】(応募時の資料より)
現代では「童謡唱歌」と一言で表されることが多いが、「童謡」と「唱歌」は、そもそも似て非なるものであった。「唱歌」は、明治時代以降、学校の教育教材として教訓的な内容を盛り込んで歌詞が創られた「教育音楽」であるのに対して、「童謡」は、大正時代に、ある意味、学校唱歌の批判として、子どものための文学作品を求めて発表された「赤い鳥」という雑誌から始まっている。大正8年に「かなりや」(詩は大正7年)に曲がつけられたのが、童謡の誕生と言われている。
しかし、「歌は世につれ、世は歌につれ」と言われる通り、時代の変化とともに、「童謡」も「唱歌」も、当時の役割から変化し、現代の人々にとっては、両方ともジャンルを超えた貴重な存在になっている。「唱歌」には、現在失われつつある日本の季節感、伝統文化等が歌われ、「童謡」には、その時代時代の子どもの心理や風習などを歌っている曲が多いので、これらの曲から、様々な要素(日本の風習、伝統行事、環境の変化、気候の変化、遊びの変化、人々の生活の移り変わり等)を学ぶことができる。
また、これらの曲に接することによって、豊かな心を作るための大きな要素にもなる。音楽療法に「童謡」「唱歌」が使用されることが多いことからも、決して子どものためだけのものではなく、子どもから大人まで幅広い世代にとって有益となることがわかる。音羽ゆりかご会の創設者で、童謡作曲家の初代海沼實氏は、「学校教育を『心の主食』だとすれば、童謡は『心のおやつ』に当たる。」と位置付けている。
このような「童謡」「唱歌」の流れがある中で、作詞家である小黒恵子氏が「小黒恵子記念館」ではなく「小黒恵子童謡記念館」という名前を付けたということは、「童謡」に対する思いが、とても強かったのではないかと推測される。小黒恵子氏の作品は、「身近な自然」と「生きる喜び」をテーマにしているものが多いと言われているが、この童謡記念館は、まさに、小黒恵子氏の生き方そのものを表現(展示)していると思う。日本各地に、童謡にまつわる記念館(個人記念館)はいくつもあるが、「童謡記念館」と銘打っているのは、ほとんどないようだ。小黒恵子氏が生まれ育った場所を「童謡記念館」として紹介することは、童謡の普及に有効である。
そこで、自然が残る庭園、貴重なオルゴール、重要な資料等、小黒恵子氏が残されたすべての資財を使って、川崎市、高津区役所、地元町内会等と協力して、音楽関係者はもとより、今まであまり「童謡」に触れてこなかった人々にも関心を持ってもらえる企画(貸し館を含む)を行う。